野武士のように読みたい本

「『ハラが減ったからメシを食うだけ』という、真っ直ぐで単純な、潔い、図太いばかりの食事態度」「インターネットだの、情報誌だの、テレビだので見て、調べて出かけていくなんてことは一切しない。自分が生きてゆく道すがらで、腹が減ったとき、そこにあ…

建築と巡礼

「何でも自分のものにして持って帰ろうとすると難しいものなんだよ。ぼくは見るだけにしてるんだ。そして立ち去るときにはそれを頭の中へしまっておくのさ」とは、ヤンソンがスナフキンにしゃべらせた台詞のひとつ。そのほうが重いカバンを引きずって帰るよ…

坊っちゃんの時代のビール

作家・関川夏央と漫画家・谷口ジローのコンビによって、単行本としては1987年初版が刊行された『「坊っちゃん」の時代』。朝日新聞紙上で『こころ』掲載100年を記念した再連載が行われるなど、相変わらずの人気作家・夏目漱石を主人公とした漫画作品の新装版…

きっぷのよい本

気風とかいて「きっぷ」と読ませる、すでに死語となりつつあるこの言葉を導きとして選ばれた、17名の女傑(この言い回しも死語ですね)の人生を紹介する『女のきっぷ』。与謝野晶子や澤村貞子といった有名どころがあるかと思えば、ラグーザ玉、野村かつ子、林…

有次と庖丁

「兄ちゃん、◯◯て知ってる?」 はじめて入る、こぢんまりした個人営業の居酒屋へ一人、ないし飲み友だちとカウンターに腰かける。席をおいて隣りには先客のおじさんが一人、コップを傾けている。ちらりと目が合って、常連のお客さんなのだろうか。こちらは対…

おじさんの「ぼく」

世の中における「叔父さん」的存在に考えを巡らそう、という意図で書き下ろされたのが本書『おじさんの哲学』です。著者は昭和33年生まれの永江朗氏。本書を上梓する時点で55歳だという彼は、平成生まれの私にとって紛れもなく「おじさん」です。つまり、現…

足摺り水族館

物語を読む喜びは人それぞれ。無心に文字を追いかける快感、ストーリーへ没入し、ひととき我を忘れ再び返るカタルシス…。満足が大きければ、それだけ読者は良い物語を経験した幸福をかみしめます。 私にとって良い読書経験に欠かせない要素の一つが、知らな…

『銀座ウエストのひみつ』のひみつ

銀座ウエストに行ったこともなければ、お菓子を食べたこともない私。そもそも銀座に行ったことがありません。関西のごく狭い圏内で生まれ育った私は、ある種の人たちにとってあこがれの街であるというぼんやりしたイメージしか持ちませんでした。 それが本書…

How to "Whole Earth Catalog"

まっくらの宇宙にほんのり浮かび上がる青白い天体。どこか見おぼえのあるアイコンだと思いめぐり、それをいつも持ち歩いている電話機の壁紙に見いだしたとき、つながったことに気づきました。 たとえば「WEB」。その起源について、社会へ網羅的に張り巡らさ…

新書マイブーム

速水健朗さんの著作を立て続けに読みました。 ふだん新書を手に取ることの少ない私ですが、日々店の棚へ配架する数多いタイトルのなか、惹かれるところがあって購入用に取り分けておいたのがこの二冊。ろくろく著者名も確認しないうち、ざらっと読んだ『1995…

視るポエジー

新しい本を買えば、巻いてある帯をゴミ箱に入れ、カバーを取っ払って、厚い単行本ならばめくりやすくするため開いたページをぎゅうぎゅう押し付ける。中身が読めればそれで良いといったような、ある種テキスト原理主義の読者だった私は、正しく本の愛好家と…

プレイアデスの手稿

当店へは日々、色々の性格の書物たちが持ち込まれます。 燐光を纏うように美しいもの、古い時の匂いをページにたたんだもの、あっと驚く変わった風貌のもの。つい先ごろもまた、季節のほころびを知らせる南風に運ばれて、謎めいたノートの切れはしが表扉のす…

だから、北欧が好き

『だから、北欧が好き』著者:ヤマナリサチエ 旅行好きのお母さんを亡くされたことがきっかけで、折に触れて北欧のすばらしさを語り聞かされていたことから、フィンランド行きを決心したという著者のヤマナリサチエさん。寄り道ありの気ままな旅で、これまで…

みちこさんが気づかせてくれる

『みちこさん 英語をやりなおす』益田ミリ著 / ミシマ社 主人公は、夫と娘と三人暮らしの四十歳主婦・みちこさん。友人の弟が英語に堪能ということで、英会話の家庭教師についてもらうことになります。(教師の彼は出版社勤務の編集者で、英会話の本を作る準…

京職人の経緯

京都へ住んで五年と半年になります。いろいろな知らない場所を探検しました。 なかでも心引かれるのが、千本今出川を中心に半径一kmくらいの円を引いた内側のエリア。何があるというわけでもない、ごちゃごちゃ細かい路地の入り組んだ住宅街です。 いわゆる…

「うれしくて幸せ」

「スポーツ選手が試合前に練習・調整をするように、私も、何日も前から身体を鍛えあるいは策を練り、いい本を安くたくさん買えるようになにものかに祈るといったような、神経をすり減らすきわめて厳しいものなのだ」(本書7-8p)こちらは本書『定本 古本泣き笑…

ことばと遊ぶ本

当店オンラインショップにて新展開の「ことばの本」。 読み物として楽しめる辞典や、風変わりな文章論など、ことばの広がりを考えさせてくれる本を取り揃えております。 この棚から一冊、ウリポ文学の傑作『文体練習』(レーモン・クノー著 朝比奈弘治訳 / 朝…

素湯のような人を想像してみる

先月より当店入口奥の壁面でパネル展開している『素湯(さゆ)のような話』(ちくま文庫/岩本素白著 早川茉莉編)。西淑さんのカバー絵がかわいらしいこの随筆選集を、毎日一、二篇ずつ、金平糖のつぶを溶かすように味わっています。 間違っても本読み、とは恥ず…

動きの見える絵から、動く絵へ

物心つく前からテレビや映画館でアニメーションに親しんできた私たちは、絵が動くということの驚きやおもしろさを改めて思うことが少ないようです。だからそのしくみを知るのはずっとあとのことで、知るとパラパラまんがでも遊ぶ楽しみがわかるようになりま…

大坪砂男の本、その他の本

ちかごろ、日本文学の棚で少し異彩を放っているシリーズがこちら。創元推理文庫の大坪砂男全集です。山田風太郎や高木彬光らとならんで乱歩から「戦後派五人男」と呼ばれた、戦後推理小説界の異才・大坪砂男の全貌に触れられる貴重な文庫版全集です。戦後す…

東京・世田谷の、星を賣る店へ

休日を利用して、関東へ日帰りで行ってきました。 お目当ては二つ。ひとつは逗子の神奈川近美・葉山館へ、先日ブログでもご紹介した柳瀬正夢の展覧会を見てきました。おもしろい見聞があったのですが、こちらはまた別の機会に。 もうひとつは世田谷文学館で…

詩人、歌人とその妻・吉野登美子

吉野登美子という女性をご存知でしょうか。 大正期の詩人・八木重吉の妻として愛を受け、夫が早逝してのち二十年して、歌人の吉野秀雄の半生に寄り添いました。そうといわれてぴんとこない不勉強な私ですが、この本にはとくべつ引き寄せられる力があって、素…

サムシング・クールの時代

「そこに石膏の男が坐っている.石膏の唇がケイレンする.『タスケテクレ!』と絶叫する.それをスケッチする男がいる.Kuroda Iriはこのようなモビイルの世界にリキュウルのようなスポンタニティの流れを導入しようとしているのであると思いたいような気が…

柳瀬正夢全集、刊行開始

手に取った際のずしりとした感触 と、作品を大胆に切り取ったカバーデザインから、何やらただならぬ佇まいを感じさせる本書。京都左京区の出版社「三人社」より順次刊行が決定した、 画家・柳瀬正夢の全集(全四巻+別巻一)第一巻がこのたび当店の書架に並…

海炭市叙景――映画と小説

「原作小説の映画化」と耳にすれ ば、作品や著者をよく知らないでもがぜん気になってしまう性格です。二度おいしいという発想で、欲張りなのでしょうか。原作が未読であれば、観て から読むか、読んでから観るかという悩ましい問題にぶち当たります。よほど…

小島信夫からのラヴ・レター

これは難解な小説に当たってしまった、と取っかかりからつまづくようです。読みづらい。どれも文章は平易で語り口は優しく、音読するにはむしろ滑らかに進み過ぎてしまうくらい。それが恐いようで、じっさい、文意を取れないまま置き去りにされている読者が…

「街の本屋」海文堂書店閉店に思う

このたびご紹介するのは、神戸の編集会社くとうてんより発行される雑誌『ほんまに』第15号。一読して、悔しくもうらやましいという気持ちを味わいました。特集と題されて「[街の本屋]海文堂書店閉店に思う」。一書店への愛と惜別の念が盛りに盛られた一冊…