詩人、歌人とその妻・吉野登美子

f:id:keibunsha3:20140228200230j:plain

吉野登美子という女性をご存知でしょうか。

大正期の詩人・八木重吉の妻として愛を受け、夫が早逝してのち二十年して、歌人の吉野秀雄の半生に寄り添いました。そうといわれてぴんとこない不勉強な私ですが、この本にはとくべつ引き寄せられる力があって、素直に読み進めることができました。編者である中島悠子さんの、必要最小で控えられた説明にして、最大の愛情の込められた絶妙な語り口のおかげなのだろうと思います。

装幀のお仕事もされ、当店で取り扱いのある『おおばこ』『ロザリオ』を手がけられた中島さん。学生時代より八木重吉の詩に親しんでこられた彼女がふとして、残された妻・登美子のその後の生涯を知るにあたって、一巻にまとめて世に出したら多くの方に喜んでいただけるのでは、と思われたそうです。

先日、幸いにも中島さんご本人とお会いする機会に恵まれました。ご挨拶もそこそこにバッグから取り出されたのは、登美子自身が書き残した回想録『琴はしずかに 八木重吉の妻として』『わが胸の底ひに 吉野秀雄の妻として』の二冊。ただしく読み古された雰囲気のあるそれらを手にしながら、「登美子さんのことを多くの方に知っていただければ、とだけ思います」と仰いました。

覚書吉野登美子』は、ゆるやかな二部構成となっていて、前半は八木重吉とその間にできた子どもたちとの生活が、後半は吉野秀雄の伴侶として長く病いに苦しめられた彼に尽くす姿が、多くの原典資料をひもときつつ紹介されます。

とくに感動させられたのが、戦時中の困難な季節にあって、登美子が何を引き換えにしても重吉の詩を詰めたバスケットだけは離さなかったという挿話。また、生前は無名に近かった重吉がいかにして広く世に知られるようになったかについても触れられていて、興味はつきません。

生涯を通し二人の芸術家を陰で支え、あくまで内助の功に徹した一人の女性。詩に歌に織り留められた勁く美しい心根は、時代が遷ってなおそれに触れる人の心を励ましてやまないようです。

 

(保田)