ことばと遊ぶ本
当店オンラインショップにて新展開の「ことばの本」。
読み物として楽しめる辞典や、風変わりな文章論など、ことばの広がりを考えさせてくれる本を取り揃えております。
この棚から一冊、ウリポ文学の傑作『文体練習』(レーモン・クノー著 朝比奈弘治訳 / 朝日出版社)をご紹介いたします。1947年初版発行のフランス語原書は、同じ短い物語を章ごと異なる文体で書き分けるという、冗談みたいな荒行の作品。73年に完成した新版では、99もの断章で構成されています。この新版の初邦訳が本書(1996年初版)で、フランス文学者の朝比奈弘治さんが手がけられました。
ここで触れてみたいのがつぎの二点。
ひとつは、本書が、説明も野暮なほど偉大な訳業であるということです。というのも、原書はフランス語を遊ぶ作品。おのずと翻訳の限界が四囲に並び立つ中で、きちんとおもしろい日本語になっているのがすごい。原作者の意図するルールを壊すことなく、意味の通るものに仕上げる手腕。目から鱗のアイデアに満ちた、換骨奪胎の原義そのものといった観があります。
例えば、イタリア語訛りのフランス語で書かれた章などいかがでしょう。いったいどのような日本語で表現すればいいのか、その工夫の一つが本書で示されます。これが世界数十カ国語に訳されていることを思えば、ことばの果てしなさに天を仰ぎたいような気持ちになります。
もう一点触れたいのが、装丁のすばらしさです。カバーからして、縦長の珍しい判型にあしらわれた瀟酒でグラフィカルな文字配置が印象的。デザイナー・仲條正義さんのお仕事で、朱と黒のツートーンからなるテキストの文字組みは、諧謔とウィットの利いた類をみない出来映えです。この版で読める幸せをかみしめたい一冊なのです。
(保田)