「うれしくて幸せ」

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「スポーツ選手が試合前に練習・調整をするように、私も、何日も前から身体を鍛えあるいは策を練り、いい本を安くたくさん買えるようになにものかに祈るといったような、神経をすり減らすきわめて厳しいものなのだ」(本書7-8p)

こちらは本書『定本 古本泣き笑い日記』の冒頭、著者の山本善行さんが、青空古本まつりの開催を控えた時期の自身の心情を記したものです。さもありなん、というのが部外者の私の感想です。

ここでいう古本まつりは、毎年、ハロウィンのころ京都・百万遍の知恩寺で催される野外古書籍即売会です。いま「部外者」というきつい言葉を使いました。というのも、一度、この古本まつりのわざわざ開始時間に合わせて門をくぐったことがあるからです。境内はぴりぴり漲っていました。

似たような感じが、走りたくない陸上部員という情けない中学生だった私が、大会前のほかの運動部の連中に感じとった緊張にありました。幕の張られた平台の前でじりじりするおじさんたちは、試合開始の合図を待つアスリートです。

いわばその活動日誌であるところの本書は、だからこそ貴重です。現役選手は(失敗談も含めた)己の手のうちをなかなか明かさないからです。限りある時間と闘い、体力を削り、いかに資金を効果的に分配するか。視界の端で捉えた、立つ背表紙、あの一冊、買うか買わざるか。一瞬の判断が命取りになります。

といって、本書で多く山本さんが狙うのは数百円からの均一台。もちろん良い本がほしいが、できるだけ安く手に入れる、という鉄のルールのあるゆえに懊悩は深く、古書通でないわれわれの共感を誘います。

「いい本を安く買えてそのうえほめられ、うれしくて幸せ」(31-32p)という跳ねるような言葉に、私はバンザイします。自分で選んで買ったものがほめられるというほど、嬉しいことはありません。買いもの一般に通じる悲喜こもごもが綴られた、読後さわやかな読みものです。

 

(保田)