京職人の経緯

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京都へ住んで五年と半年になります。いろいろな知らない場所を探検しました。

なかでも心引かれるのが、千本今出川を中心に半径一kmくらいの円を引いた内側のエリア。何があるというわけでもない、ごちゃごちゃ細かい路地の入り組んだ住宅街です。

いわゆる西陣と呼ばれる地域だとわかったのはあとのことで、というのも街のどこにもそうと表示されていないからです。西陣という名前も由来も、そこが職人の町だということを知っていても、茫漠とした印象が残ります。

いったいどのような魅力かというと、地の空気というほかにうまく答えられません。でも、この空気を解き明かすヒントを授けてくれそうなのが、ご紹介する『京職人ブルース』です。

伝統工芸に詳しいライターの米原有二さんが、数珠つなぎで京都の職人工房を巡って得た見聞をまとめた本書。強調されるのは、業界独特の分業制です。どの分野でも工程ごとに専門の技術者がいて、さらに彼らの仕事道具を作る人たちがいる。驚くほど緻密に構成された横の連係プレーに加え、職人たちは時間を超えて仕事をつないでいきます。

例えば、掛け軸などの美術工芸品の修復を専門とする表具師さん。彼らが和紙の張り替えに使うのは、手入れに手間のかかる、何年も寝かせた古糊(ふるのり)と呼ばれる接着剤。化学糊では粘着力が強すぎるため、未来の職人が作業することを考え、あえて剥がしやすいこの糊を使うそうです。

名前の知らない先人の心配りに感謝し、自分もまた数十年先に誰かが修復することを思って、しかるべく仕事を全うする。途方もない時間の流れのなかで、無言のうちに信頼のバトンが受け渡されていくさまには、胸が熱くなります。

そうして京都市の地図を眺めたとき、複雑に交差した路地が縦横の糸となって、都市全体が一枚の美しい織物のように立ち上がってきます。

ちなみに、本書のイラストを担当されたのが漫画家の堀道広さん。挿絵のなかの、漆器の質感だけ異様に際立って妙に思っていると、ご自身漆工芸を修行された方というのでした。納得。

(保田)