建築と巡礼

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「何でも自分のものにして持って帰ろうとすると難しいものなんだよ。ぼくは見るだけにしてるんだ。そして立ち去るときにはそれを頭の中へしまっておくのさ」とは、ヤンソンスナフキンにしゃべらせた台詞のひとつ。そのほうが重いカバンを引きずって帰るより楽だからというわけです。

今回ご紹介する『北欧建築紀行』も、まさしく「見る」ための旅を記録した本。著者の和田菜穂子さんが、北欧四ヶ国とアイスランドに散らばる名建築を訪ねた巡礼の物語です。ここで試みられているのが、建築と人生・恋愛の重ね合わせ。自身の研究者としての観点を極力排し、印象深い空間体験から呼び起こされるさまざまな感情を主観的に記した内容になっています。

たとえばアルヴァ・アアルト設計のマイレア邸を訪れた際には、ある歴史家の「これは建築ではなく一遍の恋愛詩だ」という言葉を思いだし、角部屋の寝室に『ロミオとジュリエット』の連想をみる。しかも同行した二人の男女がのちに夫婦になったという驚くような実話つき。各章のあたまに設けられたショートストーリー風の導入部、とりわけ恋愛にまつわるそれは乙女ごころをくすぐるのではないでしょうか。

そのほかアスプルンド設計による「森の墓地」で感じた死者の霊の息づかい、ヤコブセンのベラヴィスタ集合住宅にあるテラスから眺めた海の色と、そこに住むカップルの笑顔など、何を見ても何かを思いだすというのか、旅先で見ることはそのまま人生の巡礼に他ならないのでしょう。そういえば、昨年ベストセラーとなった村上春樹の小説でも、主人公・多崎つくるの最後の巡礼先はフィンランドでした。

北欧建築についてさらに知りたい方は、このたび重版がきまった『北欧モダンハウス』(和田菜穂子著)をおすすめします。先に出てきたアアルトをはじめ、北欧を代表する建築家の生涯と代表作が豊富なエピソード、写真とともにやさしく紹介された格好の入門書です。

ところで今月16日(水)、当店cottageにて著者の和田さんによるモビールのワークショップが開かれます。繊細な空気の動きにあわせいろいろな軌道を描く、このデンマーク生まれの立体物を眺めていると、無心になれるといいます。ご興味をお持ちの皆さまはぜひふるってご参加くださいませ。

(保田)