野武士のように読みたい本

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「『ハラが減ったからメシを食うだけ』という、真っ直ぐで単純な、潔い、図太いばかりの食事態度」「インターネットだの、情報誌だの、テレビだので見て、調べて出かけていくなんてことは一切しない。自分が生きてゆく道すがらで、腹が減ったとき、そこにあった店に入る。なければ、入らない。」

これが今回ご紹介する『野武士のグルメ』作者・久住昌之氏の描く、理想の外食美学です。そのあり方を例えるならば野武士。こうありたい、とあこがれを抱く読者も多いのではないでしょうか。しかし理想はどこまでいっても理想であって、現実そうといかないところは本書で嘆かれる通りです。

やっぱりうまいものを食べたいし、せっかくの外食で失敗したくない。ふところ具合との兼ね合いもあれば、お腹に入る量も限られている。考えだせばきりのない、野武士的な姿勢とのせめぎ合い。迷いと逡巡のありのままの記述が、実は本書の最大の魅力なのです。

知らない街で、はじめて入る居酒屋。アテをめぐる女主人との心理的な駆け引き(「釜石の石割桜」)。気の迷いからふらり入った中華屋に待ち構えていた、地獄のラーメン(「悪魔のマダム」)。とかくうまいものを格好良く食したいという願いには、一筋縄でいかぬ困難がつきもののようです。

だからこそ、きまったときの喜びは味わいが忘れがたい。場所や情景まるごと取り込んで、一食の短い時間がかけがえのない思い出になる。

たとえば広い公園で、池端のこぢんまりした定食屋の暖簾をさりげなくくぐる。扇風機がからから回って、ほかにお客はなし。冷えた瓶ビールを頼んで、つまみは、焼きそば。これがまたちょうど良い盛り加減。嬉しくっていつもより丁寧にビールをグラスへ注いでみたりする。経験したのはもちろん私でなく、著者の久住さんですが、その気もちのよさは自分の身体が覚えているようです。

誰が読んでも等しく楽しめる、これほど愉快な散文はそう滅多にない気がするのです。だからこの本ばかりは野武士的に「読みたいから買うだけ」で、お手に取っていただいて間違いありません。併せて、土山しげる氏の画による漫画版もご賞味いただくことをおすすめします。

(保田)