英米選りすぐりの怪談物語

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こう暑くてたまらない季節になるとほしくなるのが、身を凍りつかせるような恐怖話。昔ながらの風物詩というのか、読めば体温が下がるといった実際的な効用は知りませんが、よい物語へ没入すると暑さを忘れるということはあります。老若男女かかわらず強い関心を呼び起こす怪談は、厳しい夏をやり過ごすのに先人が絞りだした知恵なのかも知れません。

今回ご紹介するのは『八月の暑さのなかで』(金原瑞人編 / 岩波少年文庫)。副題に「ホラー短編集」とあるように、ゴーストストーリーの本場である英語圏の国々から、稀代のストーリーテラー13人によるとっておきの怖い話をあつめた一冊です。ポーやサキ、ダールといったよく知られる作家から、日本ではあまりなじみのない名前まで、それぞれに負けず劣らず魅力的で読者を引き込む作品ばかり。描かれる怖さの種類も各人各様で、そのものずばり幽霊が出てくるものがあれば、猟奇趣味の強いもの、人間心理の恐ろしさを押し出したもの、哀しみ切なさが勝るものなどバラエティ豊かでバランスの良い取り合わせ。英米小説に深く通じた金原瑞人さんならではのセレクトだといえるでしょう。

一編はどれも短く、中学高校生向けにやさしく書かれているので、さくっと読めてしまいます。が、怖さの質はなかなかどうして大人でもあなどれません。読むうちに後へ引けず、ずぶずぶ作品世界へのめり込んでいって、忘れがたい印象を残します。結末についても、背筋がスッと爽快な作品がある一方、なんともいやーな後味のものもあったりして、みな一様に心にしんと留まるのがおもしろいのです。

収録作品のうちとくに私の心に残ったのが、フランク・グルーバーというアメリカの小説家による「十三階」。あまりひねりはなくストレートに怖い話なのですが、文章にじっくり味わいたいところがあって好きです。デパートへ買いものにきた男が、あるはずのない(と、後になってわかる)十三階のフロアをうろうろしていて、そこの何ともいえぬ気味悪い異質な空気感や、男の戸惑った歩きぶりがよく描写されていて読ませます。結末がやや唐突で意外な感じがするのですが、ご興味があればぜひ一度お試しください。

このように自分のお気に入りを見つけるのも良し、また友人や家族で読み合わせて感想を持ち寄るのも良し。過ごしがたい夏のひとときに一抹の清涼剤として、うまくご活用ください。

(保田)