読書の季節にぴったりの大型評伝

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ずしりとした一冊。平積みにしていても、そこだけ重力が異なるような存在感があります。じっさいの分量以上に重厚な雰囲気。タイトルも意味深です。表紙の装画に使われたダーガーの、樹上でほほ笑むヴィヴィアン・ガールズはいったい何を示唆するのでしょう。

2008年、101歳で往生を遂げた石井桃子の評伝『ひみつの王国』です。彼女の生涯と経歴を手短にまとめるのさえ、どのように手をつけてよいのか惑うほど多く仕事を遺し、またそれら活動のひとつひとつが昭和の文芸、とりわけ児童文学へ計り知れない影響を及ぼしました。

そんな足がかりのないように見える巨大な氷山へ果敢に挑戦した本書。最晩年の石井本人へのインタビューや関係者への取材は、この期を逃しては取り返しのつかないチャンスを捉え、著者自身さまざまなゆかりの土地を訪ね歩いたようです。

そしてそれら膨大な資料と証言をまとめ描ききった筆の力と編集技術、熱量にはただただ頭を垂れるしかありません。読者にもそれだけの読書体力を要求する作品であり、でもへとへとしながらもページを繰る手が止まらない抜群のおもしろさです。

とりわけ興味深いのは、2013年「新潮」誌上へ先行掲載された「石井桃子と戦争」の箇所。本人が頑なに口を閉ざした太平洋戦争期の足取り、もっとも大きく深い謎を、わずかな手がかりから鮮やかな像へ結んで本書のハイライトとなっています。

まだお手に取らない方にとっては、この秋の読書にうってつけの手応えある長編。時間をかけて通読すれば、長距離走を駆けきったようなすがすがしい達成感があり、名づけようのないはるかな物思いにとらわれることでしょう。店頭では本書を中心に、石井桃子の創作、エッセイ、翻訳絵本を取り揃えたコーナーを展開しています。お立ち寄りのさいはぜひご覧くださいませ。

(保田)