いつか来た町

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ぼんやりしているときによく、ここではないどこかの場所を考えているときがあります。歩いてすぐ行ける場所であったり、自転車やバスを使って足を伸ばしたり、電車を乗り継いでたどり着く街。長い時間かけて行きつく道。自分が歩いたときのことを思い出したり、自分がいないそこへ思いめぐらしてみたり、住む人のことを考えたり、迷って結局選ばなかった道の先を思ったりします。

過去に自分が訪れたところと同じくらい、行ったことのない場所も考えます。本で読んだり映画で見たりしたところ、名前だけ知っているところ。思い立って行ける場所があれば、もう行かれないところもあります。そのどれもひとしく懐かしいのが不思議です。なくなってしまった店のあの椅子、車窓から見えては通りすぎた家の物干し、いま歩きすぎたばかりのたばこ屋。ここでこうして思ってみれば、なべてひとしく懐かしい。

つらくも苦しくもないけれどもの悲しい。そんな心の動きを思い返させてくれるのが『いつか来た町』(著者:東直子 / 発行:PHP研究所)です。短歌のほか、さまざまな文筆のお仕事をこなされる東さん。一章につきひとつの町をテーマに、ご自身の経験や知見から連想を膨らませた短いエッセイを集めた一冊です。

読んでみて、気取った言いかたですが、文章が歩いているという印象があります。人が歩く速度で綴られ、歩くときに人が考えるとりとめもないような思いが、すっきり読ませる文章になっている。うまいなあと感じ入ります。

歩き方は人それぞれ、同じ人でもときどきによって速度は変わります。弾むような軽快な足取り、はじめての道を踏む戸惑いがちの一歩、物思いにひたってつま先を見つめながら進める歩み。そういった心のはたらきと連動した身体の動きが、いきいき伝わる文章です。

そして目線のすばらしさ。目的をもって歩くときに見落としてしまうもの、また目的をもたずに歩いて損なわれるテンポと姿勢の良さ。どちらもキープしながら、そうしなければ見えてこないだろうたくさんのおもしろいものや出来事を、きれいにすくい取って紹介してくれます。広い観察と尽きない好奇心に支えられた、東さんの健やかな歩みに同行できる喜び。

こういった街歩きの随想を手に取ると、やはり自分の住む町がどのように眺められたのか気になるものです。京都の回では、風景や町の佇まいが美しく描写されるのにほっとする一方、住む人間には気がつかない指摘に驚かされもします。福永信さんやいしいしんじさん、綿矢りささんといった京都の作家さんに加え、ヌートリアなんかも登場する賑やかな回。ぜひご一読を。

さて、今月27日(木)、著者の東さんが当店へお越しくださいます。本書の刊行を記念してのトークイベントで、本編では収録されないこぼれ話も聞けるのではと今から待ち遠しく思います。イベントの詳細/ご予約はこちらから。ぜひ本書をお買い求めのうえ、皆さまふるってご参加くださいませ。

 

(保田)

 

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