なんたってドーナツ

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なんたってドーナツ』(ちくま文庫)は、編集者/文筆家の早川茉莉さんがドーナツをテーマに、古今の短い読み物を選び出し、書き下ろしをまとめられたアンソロジー。書き物をお仕事とされる方のほか、編集者の三島邦弘さんや丹所千佳さん、イラストレーターの西淑さんの寄稿もあり、バラエティに富んで素敵な挿絵も盛りだくさんの一冊です。

チョコやクリームがたっぷりデコレーションされたゴージャスなものから、素揚げのざっくりしたオールド・ファッションまで、色とりどり、たくさんの種類があるドーナツ。美しいパッケージの紙箱へきちんと並べられたそれらのように、どこから読んでもおいしく楽しく、目移りしながらもうひとつ、夢中になってつまみ上げる指が止まりません。

スイーツというよりおやつ。ハイカラだけど懐かしくもある。主役を張る華やかさには届かないけれど、コーヒーや読書のおともにうってつけ。そんなドーナツにまつわる思い出や、ひとくちかじる至福の時間、それぞれのご家庭のレシピなど、どの執筆者も腕によりをかけた甘く香ばしい一編を味わわせてくれます。

あとがきにある通り、この円環型の不思議な揚げ菓子には、人と人とを引き合わせたり、ぐるぐる思い出を呼び起こしたりと、一種特別な力が備わるようです。手に取って穴を覗き込めば、たちまちのうちに記憶の幸福なシーンがあふれ出し、ほっこり和んだひとときをもたらしてくれます。

ところで、私のドーナツの思い出をひとつ。中学生のころ職業実習といって、一週間ばかり校区内の商店で働かせてもらう体験学習がありました。私が行ったのはドーナツ店、ではなく自転車屋。一番人気の映画館を希望したのですが、いかんせんクジ運に恵まれず、国道沿いのガレージで荒々しい力仕事に甘んじることに。

何かにつけ従業員から因縁をつけられつつ、黙々と自転車を運んだりバラしたり組み立てたり、思いもよらぬハードな働きぶり。くたくたにへたばって一日の終わり、ドーナツ店を選んだ友人が「揚げたて食べ放題!自分で作ったやつ!」と、はしゃいで吹聴するのを聞くにつけ、両手をまっ黒にし食べられない輪っかと格闘する自分の悪運を呪うのでした。

実習期間の終わり、どっさりお土産を持ち帰った友人より、蜜のかかったドーナツのお裾分けに預かりました。そのほくほくした生地の甘いこと! お返しに、パンク修理なら任せてくれと、いささか充実すぎる体験学習で技術が身についた私は悔し紛れに言ったのを憶えています。

と、このように、自分でも忘れていたような記憶を思いださせてくれる本書。皆さんのドーナツの思い出はどんなものでしょう。現在当店では、田村セツコさんイラストの特典ポストカードつきで販売中。パネル展示もございますので、街でドーナツを買った帰りにでもぜひお立ち寄りください。

(保田)