大坪砂男の本、その他の本

f:id:keibunsha3:20140307163750p:plain

 ちかごろ、日本文学の棚で少し異彩を放っているシリーズがこちら。創元推理文庫大坪砂男全集です。山田風太郎高木彬光らとならんで乱歩から「戦後派五人男」と呼ばれた、戦後推理小説界の異才・大坪砂男の全貌に触れられる貴重な文庫版全集です。戦後すぐの荒廃した日本を舞台に独特の感覚で描かれたその作品群は、稀有な美意識とモダニズム、そして魅惑的な奇想の世界を構築し、読む者を不思議な興奮へと誘います。「立春大吉」「天狗」「三月十三日午前二時」など、それぞれのタイトルの語感も素晴らしく、題に負けない名作・奇作が全4巻というボリュームで楽しめる嬉しさ。古書価の高い全集でしか読めなかったこの作家のこんな一冊を待っていたというファンも多いのではないでしょうか。創元推理文庫ならではの面目躍如ともいえるシリーズかもしれません。

 この大坪砂男だけでなく、当店の日文棚の一角では、少し前から岩波書店河出書房新社からリバイバルのように刊行されてきた一連の久生十蘭作品、また、プライベートプレス「四畳半書房」から独自の造本で甦った海野十三の短篇作品など、戦前戦後を通して、探偵小説、SF、幻想、奇想といった分野で愛された名品たちが、ここしばらくの間にまた新しい形で読むことができるようになっています。その純粋な読書としての面白さは何ものにも代え難く、スタッフとしては、どの本も心からお勧めする逸品ぞろい。夢野久作や乱歩ら従来からの人気者達に加え、奇妙な味ならぬ奇妙な棚とでも言えるでしょうか、好きな人は好き、という一角になっているかと思います。

 そして最近では、先日からお伝えしておりますように、村山知義らとダダ運動に身を投じた画家・柳瀬正夢全集の第一巻も入荷しました。ジャンルこそ違いますが、そのモダニズムとアヴァンギャルドな美の姿勢は、これらの奇想の作品群にも通じるものがあるような気がします。戦前から戦後まで、小説から絵画まで、不思議な感覚に満たされた奇抜で味わい深い作品たちを、機会あればどうぞお楽しみ下さい。


(能邨)