百年かかる孤独の読書

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いつも年の暮れになると私は、年内読みかけだった本を集め、清算する意味で気合いを入れて読書に励みます。と同時に、新年明けてはじめに読む本をどうしようかと心を躍らしながら思案を巡らします。今年の書き初め、ならぬ読み初めに選んだのが、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』でした。春に知人が、当店の近所へ同作をもじった名前の飲食店を開業することを聞いていて、よい機会だと紐解いてみる気になったのです。

お店のオープンまでには読み終えるだろう、と高をくくっていたのがどっこい。春が過ぎ夏が去ろうとしても完結まで辿り着く見通しが立たないのです。マルケスの長編を読むのは初めてで、これまでに経験したどの文学作品とも似つかない語り口と展開に戸惑って、一向にはかどる気配がありません。作中の時系列の混乱や登場人物の名前の反復を把握しようとすればするほど、読みつ戻りつ、一歩進んで二歩下がるといった調子で気がつけば半年以上の時間が経っていました。

その間に著者の訃報を知って、これは今年いっぱいじっくり取り組まなければと考えていたところ、まことに心強い一冊が刊行されました。『謎解きガルシア=マルケス』(木村榮一著 / 新潮社)は、作家の生い立ちから成熟まで、そのつど彼の属した社会状況を踏まえながら丁寧に追い、翻訳者ならではの視点で創作の秘密を探る入門書です。

おもしろいのは、時代が人物を生むという考えに立ち、環境や歴史によって作られる必然として天才を捉え論じている点です。だから各作品についても、この箇所に作家の天才性(降って湧いたようなオリジナリティ)が発揮されている云々といった読み解きはされず、当時の政治情勢や作家個人の置かれた立場を明らかにし、長い文学史の流れの到達として考察が行われます。

つまり文学研究の正攻法ですが、本書はそれをかみ砕いた形で紹介し、物語のより深い理解へ至るヒントをたっぷり散りばめてくれています。いち読者の私は、専門家でないといってつい楽な抜け道ばかり探してしまいますが、ある種の読書はそれなりの覚悟と根気をもって臨まなければおもしろさがわからないことを改めて教えてくれます。

急がば回れの鉄則ですが、杖のあるなしではその歩みにもずいぶん差が生まれるはず。読了までどれほど時間がかかるかわかりませんが、いまは頼れる座右の書が手に入ることを喜びたいと思います。

(保田)