まっとうさ

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手にしたとたん、特別だと直感する本があります。自分にとってということでなく、個人の尺で計れない文脈に属しているような感触です。ご紹介する『大坊珈琲店』はそのひとつ。昨年末、38年間の営業にピリオドを打った喫茶店のお話です。

お店じたい、そういった特別な場所であったようです。「ようです」というのは、私がそこを訊ねられなかったから。知ったのはすでに閉店後、本書の前身にあたる私家版が当店へ入ったさいでした。限定1000部のうち貴重な数十部をお分けいただき、入荷即完売、お問い合せ多数といった異例を目の当たりにしました。個人出版の本がこのように売れるというのも類いまれですが、いち喫茶店の消滅が事件になることが印象深かったのです。

当店で開催した、オオヤミノル氏と岡本仁氏のコーヒーにまつわるトークイベントでも、六曜社のオクノ修さんと並んで多く言及されていたのが、大坊勝次氏でした。(オオヤ氏と大坊氏の対談は『美味しいコーヒーって何だ?』で、岡本氏と大坊氏の対談は『BRUTUS No.779 喫茶店好き。』でそれぞれ読むことができます)。

これら語らいの中心には、「まっとうさ」というキーワードがあるように思います。まっとうな店。まっとうな珈琲。感覚に過ぎるこの姿勢を、大坊氏は本書に収められたマニュアルというかたちで説いています。説くといっても、言って聞かせるのでない、見せて伝えるといった、より確からしい方法です。

そうして、まっとうな一冊。まっとうな言葉の集まりにふさわしい姿をこの本はしています。活字のなつかしさ、品のある余白の取りかた、頁を繰るうちの紙の変化。非の打ちどころがないように思います。たとえ大坊氏のいれる一杯を味わわない私でも、どこまでも真摯な気がまえに触れられる嬉しさです。

(保田)

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