肝をゆるめる身体作法

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先日、紀伊国屋書店が主催する、内田樹さんの講演会へ参加しました。今年4冊目となる単著での新刊『街場の戦争論』(ミシマ社)刊行記念のイベントでしたが、ちょうど衆院解散が決定した時期と重なったこともあり、日本の行く末についてホットで含蓄あるご高見を伺う貴重な機会となりました。そのレポートは別の機会に譲るとして、今回は内田先生がオビ文を寄せておられる『肝をゆるめる身体作法』(安田登 / 実業之日本社)をご紹介いたします。

安田登さんといえば、ちょうど去年の暮れも暮れ、当店コテージにて建築家の光嶋裕介さんとの対談にご出演いただきました。能楽師として、また公認ロルファーとして活躍される安田さん(ロルファーは、米国のボディワーク・ロルフィングの施術師)。数多い著作の中で、より実践的な性格が強いこの新刊は、簡単なエクササイズを通して肝をほぐし、心身をゆるやかにコントロールする方法を学ぶことができます。やさしい言葉遣いで、わかりやすく読者へ説き聞かせてくれるのは彼の他の著書と変わりません。

さて、安田さんのいう「肝」とは何でしょう。肝はどこにあるだろうと考えて、なんとなく下腹の辺りをさすってみるものの、いまひとつ確信が持てません。でもそれが正解、肝とは内蔵のことだそうです。では「心」はどこでしょう。心臓でしょうか、それとも頭蓋の中でしょうか。安田さんは心の定位置を肝、すなわち内蔵へ落とすことで不安や悩みを昇華させられるといいます。怒りなどの「頭にくる」激しい感情を、いったん「腹へ収める」。そうすれば肝が据わって、些細なことには動じなくなる。

肝が据わるというのは、言い換えれば、内蔵の感覚を意識することだといいます。しかし、内蔵を示せといわれてその位置があいまいであるように、ふつう私たちはそれを感覚したり意識したりすることがあまりありません。そこをうまく導いてくれるのが、能の所作とロルフィングのテクニックを取り混ぜた、著者一流のエクササイズというわけです。

楽で美しい立ち方、ただしく疲れにくい正座、緊張を軽減する呼吸法などが紹介され、図解入りで一目瞭然。意識を自然に肝へ持っていくための練習、ということですが、日常生活をスマートに過ごすのにぜひ身につけたい姿勢の数々でもあります。そして特筆したいのが、これら練習を説明するのに用いる安田さんの絶妙な言い回しです。

繊細な身体動作を文字だけで表現するのは非常にむずかしい作業です。しかし的を得た「たとえ」がひとつあれば、たちどころイメージがわき起こり、驚くほどすんなりと正確に伝わるものです。『街場の戦争論』で内田先生も、道場での教えはこういった効果的なひと言をいかに探り当てるかに尽きる、といったことをおっしゃっています。ここで具体例は挙げませんが、膝を打って感心するようなうまいたとえや言い回しが本書には多くちりばめられています。案外、読みようによってはそんなところにこの一冊の肝があるのかも知れません。

本書を含む「身体知」についての特集を、店頭平台にて展開中です。

(保田)