きっぷのよい本

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気風とかいて「きっぷ」と読ませる、すでに死語となりつつあるこの言葉を導きとして選ばれた、17名の女傑(この言い回しも死語ですね)の人生を紹介する『女のきっぷ』。与謝野晶子や澤村貞子といった有名どころがあるかと思えば、ラグーザ玉、野村かつ子、林きむ子といった耳慣れない名前の挙がっているところ、さすが著者の森まゆみさんだと思わせられます。

そもそも現代では使われる機会の少ない言葉だけに、やや原義があやふやになって、皮肉とも取られかねない「きっぷのよさ」。ケチの対義語と捉えてみると、何ごとも節約・節制が美徳とされる世知辛い世の中にあって、羨望まじりの揶揄とされてしまいそうです。

しかし、本書を読み進めればわかるように、登場する女たちの多くは決して経済的に、あるいは彼女らを取り巻く社会的な状況に恵まれていたとはいえません。むしろがんじがらめに制約された条件のなかで、与えられた取り前をできうる限りふくらませ、あげく惜しげもなく手放してしまうのです。

肝心なのはこのふくらませる部分、そこに払われた努力と知恵と、そして手放しかたにあるように思います。持つ持たざるとにかかわらず、いまあるものを工夫なしに分け与えるのはばらまきで、それこそ嫌みでさえあります。そうでなく、ないところからないなりに知恵を絞って獲得したものは、見えずとも汗が滴り血が脈打っているものです。

さらに手放しかたといって思いだされるのが、本書には出てこないものの幸田文の一節「くろうとの金は切ればさっと血の出るいきいきした金。打てばびんと響く利口な金だと思う」(『流れる』)。「くろうと」は粋無粋の価値世界に生きる芸者を指しますが、まさに女のきっぷ極まれりといった文句です。

こういった相応の意識と骨折りから生まれる美学をさりげなく、かつ愛情たっぷりに知らしめる著者の語りぶりにも、すがすがしいきっぷのよさを感じる一冊です。

(保田)

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