幸福と想像力

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今回ご紹介するのは、フランスの哲学者/教育者アランの『幸福論』です。本名エミール=オーギュスト・シャルティエ。ナポレオン3世の時代に生まれ、二つの大戦を経て1951年に83歳で天寿を全うしました。46歳のとき志願し第一次大戦に従軍、名門校の教職ポストを捨て、安全な後方任務の誘いも退けて自ら重砲兵を希望し前線へ赴くという冒険家でした。

世界史上もっとも有名な幸福論のひとつに数えられるこちら。現在手に入る邦訳でも、岩波文庫集英社文庫をはじめ7種類ほどあります。特徴といえば、著述の形式、また、そもそも論説として一冊にまとめることを目的として書かれたわけでない点でしょうか。

教師をしながら地元新聞へ週にいちど、日々の雑感を便せん2枚にまとめたプロポ(考察)を投稿していた彼。その短く簡潔かつ平易な言葉で考えを綴った連載が人気を得、そのなかから幸福に関するものを取りまとめたのが本書なのです。(ほかにも芸術や宗教などテーマごとに編集された著作があります)。

内容について、くり返し述べられるのが想像力の使用法といったものです。とくに、想像力の良くない面や悪い使いかたを強調しています。たとえば、ほんのささいなことに驚いて泣き叫ぶ赤ん坊。赤ん坊は不安の原因がわからないためそうするのであって、想像力が恐れをふくらまし、たいてい激しく泣くことでさらに具合を悪くしてしまいます。また、何をしてもいつもじりじりと不機嫌でいる人。彼は不機嫌そのものが、悪い連想によってつぎの不機嫌を際限なく呼び寄せることに気がつきません。

こういった想像上の恐怖やいらだちを克服するには、現実を直視することだとアランはいいます。赤ん坊に対しては、一緒になっておどおどしたり叱ったりするのでなく、身体に触れるなりやさしい言葉をかけるなりして不安を取り除いてやること。不機嫌に対しては、まずにっこりとほほえんでみること。ささやかな身体動作が驚くほど感情に効果を及ぼすことを彼は知っています。

言われてみれば当たり前のことですが、言われてみるまでわからないのが当たり前のやっかいな点です。おせっかいに過ぎるきらいもありますが、こうしたごく日常的なものごとを取り上げ、視点をずらすやりかたや想像力の正しい導線を滔々と説く彼の姿勢には好感が持てます。幸福とは何ぞやといった抽象論や、「幸福になるためのルール」といった迷信的なメッセージとは一線を画す、合理性とバランス感覚に共感できるのです。

ぽっかり時間が空いたときなど眺めるともなく眺めていると、ついついページを繰る手が止まらなくなりそうです。とりわけ、目に入るたび開きたくなる魔力を持った、優れた装丁の日経BP版を手に取られることをおすすめします。

(保田)